「むかしむかし、おとうちゃんのおじいちゃんの家の前に、公園がありました。公園には太い木がたくさん並んでいました。
おとうちゃんがちょうどきみと同じ歳のころ、おとうちゃんは、おとうちゃんのおじいちゃんと遊んでいました。夏の暑い日でした。おとうちゃんのおじいちゃんは「今日は走らないでもとれる虫をとろう」といいました。その日のもっと前の日に、おとうちゃんのおじいちゃんは虫取りアミでおとうちゃんにモンシロチョウをとってくれようとして、転んで膝に大きなあざをつくったのでした。
おとうちゃんのおじいちゃんは太い木の足元に屈みこんで、そこにある小さな穴に、短い枝をさしました。さしたあとは何もせずに、二人でじっと枝をみているだけでした。しばらくして「ここにはいないね」とおとうちゃんのおじいちゃんが言い、ちがう穴に枝をさしました。するとすぐに穴から突き出た枝がひとりでに動きだしたので、おとうちゃんはすごく驚きました。「起きた起きた」と言っておとうちゃんのおじいちゃんが枝を引っ張ると、枝にくっついて穴からセミの子どもが出てきました。「こいつは虫かごがいらないんだ」おとうちゃんのおじいちゃんはおとうちゃんの服の袖に、セミの子どもを引っ掛けました。セミはこうして袖に引っ掛かるために生まれて来たような格好でじっとしていました。
おとうちゃんはすっかりこの遊びが気に入り、その夏は毎日公園じゅうの穴にたくさんの枝をいれてまわりました。夜になる頃には公園の穴はすべて細い枝のアンテナでふさがり、ときには木の根元に十個も二十個も穴があったので、公園は遠くの国にたくさんの電波を送る基地になったようでした。いくつかのアンテナがときどきゆれて、短いメッセージを送っていました。おとうちゃんはその夏はメッセージの意味がわかったような気がしましたが、秋になったら忘れてしまいました。おしまい」
「どうしてわすれちゃったの?どうしたら思い出せる?」
「きみが子どもを生んで、おとうちゃんがその子にモンシロチョウをとろうとして転んでから、一緒にセミをとって、その子がアンテナ基地をつくったら、夏のうちに聞こう。そうしたら必ず思い出す。」
「あたしがやる」
「そりゃ名案だ」
次の朝われわれが公園に着くと、思ったとおり木の根元は穴だらけ。だけどその内四個の穴から四本の枝が、傾いてささっていて、まずわたしたちはその枝を抜くところから始めなくてはならないので「それだとちがくなっちゃうね」と娘が言い「そうだねえ」とわたしが言って、砂場で遊んだあと、わたしのおじいちゃんの家でアイスを食べて、クーラーのきいた部屋で昼寝をした。
夜になって娘と一本だけ枝を持って穴のまえに座り「起きろ起きろ」と言ってセミの子どもをとった。家に帰って網戸に引っ掛けておいたセミの子どもは、翌朝早く白い羽のセミになって、ものすごい剣幕で鳴いた。きっと起こしたのが早かったので怒ったのだと思う。娘もそういっていたからそうに違いない。
2010年8月17日火曜日
アンテナ基地
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