家と学校とゲーセンと佐渡の家のスクエアがわれわれの全世界だった。家庭用ゲーム機はわたしたちが持ち寄ることで、現行のほぼ全機種が揃った。そのときわたしたちが最も楽しいと思ったことを、わたしたちはやっていたのだ。もっと面白いことがあるなんてことは、想像もできなかった。そのことについてははっきり言っておきたい。
ある日、佐渡の母親が、わたしたちのユートピアに入ってきて、持っていたビニール袋から、文房具のようなものを出した。床に転がったそれらは、セメダインのチューブと、台付きセロテープに見えた。
「豪。みてごらん。新しいの買ってきたよ」そう言って佐渡の母親はセメダインの蓋を開けると、自分の口の中にしぼった。
わたしたちはあっけにとられ、佐渡は半目を開けたまま、うたた寝しているような顔で固まっていた。「しばらく舌の上で転がしなさい」佐渡の母親は、チューブからその細くて白い指の上に、緑色の半固体をひねり出し、わたしの口にねじ込んだ。人差し指は冷たかった。顎が痛くなるほど甘いドロドロのガムだった。油断すると舌から落ちて、歯の裏に消えてしまうので、みんなヨダレをすすりながら必死で舌を動かした。遠くから望遠鏡で部屋を覗いているやつがいたら、わたしたちは馬鹿になる薬を食わされているように見えるだろう。佐渡の母親は今度はテープ状のガム(これもガムだったのだ)を引っ張ってちぎり、みんなの口に放り込んだ。佐渡だけが「いらねえよ」と言ってゲームに戻った。
「なかなか斬新な味とアイディアだわね」と佐渡の母親は言い、その外国語がびっしり張り付いたチューブとテープ状のガムを床に置いて部屋を去った。
しばらくすると、一緒にいた仲間たちは、目があらぬ方を向き、笑い出す奴もでた。わたしもなぜか笑いがこみ上げてきた。口の周りをベタベタにしながら、わたしたちは笑い転げた。われわれが未知の甘味料と闘っているあいだ、佐渡だけが黙々とCPUと戦っていた。
さらに15年も経ってしまった。佐渡は家業の電気屋を継いだ。体重は聞かなかったが、15のときより一回り大きくなり、髭も髪の毛も伸び、腕毛も茂って、とても同い年とは思えなかった。父親が亡くなって苦労したらしい。「なんだお前。40歳じゃねえか」と言って隣にいたマサが笑った。
「でも佐渡さ、その身体で床下にどうやって入るの?」とわたしは聞いた。
「帰るんだよそういうときは」
走り屋としても活動の域を拡げていた佐渡は、60キロ道路で時折140キロを出しながら、わたしを家まで送ってくれた。車を改造するための部品特有の青い光が並ぶ助手席で、床下から入国拒否される元国王のギヤさばきを見ながら、あの緑のガムを思い出して顎が痛くなったのだったが、多分、佐渡は今もあの部屋に住んでいる。つまり佐渡はまだ王なのだ。そして国を管理しているのは、あの綺麗な冷たい指の母親なのだ。






