2011年9月18日日曜日
王国と白い指

 佐渡豪の姉は拒食症の美人で、そのせいで佐渡は116キロの15歳だった。両親が心配したのだ。佐渡の部屋は菓子で埋め尽くされ、四畳半がスナックとゲームの王国だった。当時、自分の部屋を持たないわたしたちは、毎日、佐渡の部屋に入り浸った。真夏の蒼穹の下、セガサターンやNEOGEOを持って集まった。部屋に入るとすぐに、われわれは氷の詰まったクーラーボックスからペットボトルを取り、一気に飲み干した。「そのジュース糞不味いから、俺、飲まねえから、全部飲んでくれよ」と王である佐渡が、そうおっしゃった。王国は小国だったがクーラーまでついていた。床は116キロの佐渡が寝そべるスペースとわたしたちが座るスペースがあるが、それ以外の平面という平面、棚やTVの上に多種多様の菓子が配置されていた。ちゃんと目の見える、良識ある猿だったらまず食べないような、ビビッドカラーの海外産スナックが、主に領土を占めていた。寝ながらでも、手が届く。食べて隙間のあいた箇所は、次の日には新しい同等品で完全に補充されていた。
  家と学校とゲーセンと佐渡の家のスクエアがわれわれの全世界だった。家庭用ゲーム機はわたしたちが持ち寄ることで、現行のほぼ全機種が揃った。そのときわたしたちが最も楽しいと思ったことを、わたしたちはやっていたのだ。もっと面白いことがあるなんてことは、想像もできなかった。そのことについてははっきり言っておきたい。

 ある日、佐渡の母親が、わたしたちのユートピアに入ってきて、持っていたビニール袋から、文房具のようなものを出した。床に転がったそれらは、セメダインのチューブと、台付きセロテープに見えた。
 「豪。みてごらん。新しいの買ってきたよ」そう言って佐渡の母親はセメダインの蓋を開けると、自分の口の中にしぼった。
 わたしたちはあっけにとられ、佐渡は半目を開けたまま、うたた寝しているような顔で固まっていた。「しばらく舌の上で転がしなさい」佐渡の母親は、チューブからその細くて白い指の上に、緑色の半固体をひねり出し、わたしの口にねじ込んだ。人差し指は冷たかった。顎が痛くなるほど甘いドロドロのガムだった。油断すると舌から落ちて、歯の裏に消えてしまうので、みんなヨダレをすすりながら必死で舌を動かした。遠くから望遠鏡で部屋を覗いているやつがいたら、わたしたちは馬鹿になる薬を食わされているように見えるだろう。佐渡の母親は今度はテープ状のガム(これもガムだったのだ)を引っ張ってちぎり、みんなの口に放り込んだ。佐渡だけが「いらねえよ」と言ってゲームに戻った。
 「なかなか斬新な味とアイディアだわね」と佐渡の母親は言い、その外国語がびっしり張り付いたチューブとテープ状のガムを床に置いて部屋を去った。
 しばらくすると、一緒にいた仲間たちは、目があらぬ方を向き、笑い出す奴もでた。わたしもなぜか笑いがこみ上げてきた。口の周りをベタベタにしながら、わたしたちは笑い転げた。われわれが未知の甘味料と闘っているあいだ、佐渡だけが黙々とCPUと戦っていた。

 さらに15年も経ってしまった。佐渡は家業の電気屋を継いだ。体重は聞かなかったが、15のときより一回り大きくなり、髭も髪の毛も伸び、腕毛も茂って、とても同い年とは思えなかった。父親が亡くなって苦労したらしい。「なんだお前。40歳じゃねえか」と言って隣にいたマサが笑った。
 「でも佐渡さ、その身体で床下にどうやって入るの?」とわたしは聞いた。
 「帰るんだよそういうときは」
 走り屋としても活動の域を拡げていた佐渡は、60キロ道路で時折140キロを出しながら、わたしを家まで送ってくれた。車を改造するための部品特有の青い光が並ぶ助手席で、床下から入国拒否される元国王のギヤさばきを見ながら、あの緑のガムを思い出して顎が痛くなったのだったが、多分、佐渡は今もあの部屋に住んでいる。つまり佐渡はまだ王なのだ。そして国を管理しているのは、あの綺麗な冷たい指の母親なのだ。



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2010年8月17日火曜日
アンテナ基地

「むかしむかし、おとうちゃんのおじいちゃんの家の前に、公園がありました。公園には太い木がたくさん並んでいました。
 おとうちゃんがちょうどきみと同じ歳のころ、おとうちゃんは、おとうちゃんのおじいちゃんと遊んでいました。夏の暑い日でした。おとうちゃんのおじいちゃんは「今日は走らないでもとれる虫をとろう」といいました。その日のもっと前の日に、おとうちゃんのおじいちゃんは虫取りアミでおとうちゃんにモンシロチョウをとってくれようとして、転んで膝に大きなあざをつくったのでした。
 おとうちゃんのおじいちゃんは太い木の足元に屈みこんで、そこにある小さな穴に、短い枝をさしました。さしたあとは何もせずに、二人でじっと枝をみているだけでした。しばらくして「ここにはいないね」とおとうちゃんのおじいちゃんが言い、ちがう穴に枝をさしました。するとすぐに穴から突き出た枝がひとりでに動きだしたので、おとうちゃんはすごく驚きました。「起きた起きた」と言っておとうちゃんのおじいちゃんが枝を引っ張ると、枝にくっついて穴からセミの子どもが出てきました。「こいつは虫かごがいらないんだ」おとうちゃんのおじいちゃんはおとうちゃんの服の袖に、セミの子どもを引っ掛けました。セミはこうして袖に引っ掛かるために生まれて来たような格好でじっとしていました。
 おとうちゃんはすっかりこの遊びが気に入り、その夏は毎日公園じゅうの穴にたくさんの枝をいれてまわりました。夜になる頃には公園の穴はすべて細い枝のアンテナでふさがり、ときには木の根元に十個も二十個も穴があったので、公園は遠くの国にたくさんの電波を送る基地になったようでした。いくつかのアンテナがときどきゆれて、短いメッセージを送っていました。おとうちゃんはその夏はメッセージの意味がわかったような気がしましたが、秋になったら忘れてしまいました。おしまい」
「どうしてわすれちゃったの?どうしたら思い出せる?」
「きみが子どもを生んで、おとうちゃんがその子にモンシロチョウをとろうとして転んでから、一緒にセミをとって、その子がアンテナ基地をつくったら、夏のうちに聞こう。そうしたら必ず思い出す。」
「あたしがやる」
「そりゃ名案だ」
 次の朝われわれが公園に着くと、思ったとおり木の根元は穴だらけ。だけどその内四個の穴から四本の枝が、傾いてささっていて、まずわたしたちはその枝を抜くところから始めなくてはならないので「それだとちがくなっちゃうね」と娘が言い「そうだねえ」とわたしが言って、砂場で遊んだあと、わたしのおじいちゃんの家でアイスを食べて、クーラーのきいた部屋で昼寝をした。
 夜になって娘と一本だけ枝を持って穴のまえに座り「起きろ起きろ」と言ってセミの子どもをとった。家に帰って網戸に引っ掛けておいたセミの子どもは、翌朝早く白い羽のセミになって、ものすごい剣幕で鳴いた。きっと起こしたのが早かったので怒ったのだと思う。娘もそういっていたからそうに違いない。



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2010年1月18日月曜日
レスター・ヤング




毎年正月はマサと会うことに決めている。
 マサとは幼なじみで、ゲーセンで一緒にカツアゲされた程の睦まじい仲だ。
元旦の昼にマサの家のベランダを叩くとおばあちゃんが出て来る。雲のように真っ白の髪を乗せ、笑いながら素早くこっちにきて、新年初日の来訪だというのに、心良く引き戸を開けてくれるグランマ。
居間のコタツには、小さくなったマサの弟のリョーが寝ている。以前はハワイの力士のように肥え、空から見ると正円だったリョーも、今では三分の一にまでなった。さながら戦争に負けて領土を失った帝国のようだ。皮膚は土色の黒で、こたつから顔だけ出して、うつ伏せになっているリョーの耳の裏に、元旦の陽があたっている。
赤ら顔のマサが降りてきてリョーを指さし、「こいつのあとの三分の二は東長崎に住んでるから、みんな安心するといいよ。じゃあ行こうか」と言い、食べられるほど柔らかくなった革のブーツを履いて、庭におりた。
それから夜中まで、われわれは極力下らないこと、何の意味もないたわごと、中野から北極に向かって大砲を撃つように人の悪口を言い、多量のビールとピータンを食べ散らかす。
これが毎年慣例にそって行われる、われわれの荘厳な儀式たる正月である。

マサはだいたい二年毎に仕事を変える。露店商、キャバクラのガード、鉄板焼、ファーストキッチンの店長、肉の解体、築地の問屋など、数々の仕事に停車し定時にまた発車する。ジャズドラマー、プロレスラー、風俗王を目指していたこともあったが、この3つは給料を貰っていたわけではない。今は某ラーメン屋で働いている。

今年のマサは「ここいいよここ。10代の頃よく来たな」と言ってアメリカンバーに入った。店内にはカウボーイのポスターに紛れて、レスターヤングの写真も貼ってあった。マサは足の長い美人の店員に言ってレスターヤングをリクエストした。「レスターヤングが一番好きなんだよ」
ビールを無数に空け、CDのアルバムと同じサイズのアンチョビのピザを食べながらマサは「マシマシとかいうのはもうバカだからな。古いよ。そんなこと言っても店員は全無視。今は普通に「ヤサイニンニク」。それで、さっと食って「ごちそうさま」と言ってさっと席を立つ。男前。これ」と言い終わるとテーブルに突っ伏して寝てしまった。電気で動く鹿がスイッチを切って休んでいるようだった。おれがマサをそのままにしてビールを追加し、ピザを平らげていると、スピーカーから聞こえていたロカビリーが止んで、さっきマサがリクエストしたレスターヤングが、ロカビリーの半分以下の音量でかかった。レスターヤングはOFFになったマサの後頭部の上で一曲だけ演奏し、棚に帰っていった。すぐにまたロカビリーがかかり、バーは元通りになった。店から嫌われ、他の客にも聞こえず、マサが寝ていた今、レスターヤングは三分間、正月にも2010年にも関係ない孤高の優雅をみせた。



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2009年11月5日木曜日
キンザザとキャベツが大器






冬のことだったと思うが、映画が好きな友達と三人でビデオ屋に行った。
「不思議惑星キンザザ」はそのときに借りたのだと思う。違うかも知れない。
新しいが壁が軽くて風で浮きそうなアパートで、他にも友達を呼んでみんなで観た。
TVが腰よりも高い位置にあったので、みんな口をあけて青い画面を見上げていた。


子供が生まれたときに、親愛なる友人がくれた「キャベツくん」という絵本。
今、娘に読んで聞かせている。娘は絵のキャベツを触ろうと手を伸ばすか、
本の端を口に入れたがるので、なかなか最後まで読めない。


キンザザに出てきたボロボロの服を着た二人組の宇宙盗賊は
強欲で、ずるくで、惨めで、頭が悪く、本当にどうしようもないやつで、
権力にはとことん弱く、弱いものには果てしなく強気だ。
クールな中年ロシア人の主人公は、この二人のせいで何度も命の危機にさらされる。


キャベツくんにはブタヤマさんという豚がでてくる。
ブタヤマさんは豚なので、いつもキャベツくんを食べたいと思っていて、
キャベツくんとは知り合いなのだが、よく襲い掛かってくる。


不思議惑星キンザザではマッチが高価な通貨として重宝されており、
ヘビースモーカーの主人公が持っているマッチを、二人の盗賊はいつも欲しがっている。
貪欲で利己的で、隙があれば他人を騙そうとする二人は、
命に関わる重大な場面でも主人公を見捨てて逃げるが、頭悪いのですぐにつかまる。


ブタヤマさんは行動と感情が直結しているので
欲求のままにキャベツくんを食物として捕食しようとするが、
その際にキャベツくんが話し出すと、律儀に耳をかたむけるなど、
ずるくなれないところがある。


キンザザの主人公である中年の男は、冷静沈着な常識人なのだが、
二人組みに陥れられて、ひどい目にあう。
二人組みも自分たちで墓穴を掘って死にそうになる。
そのたびに主人公は彼らを助ける。
助けるとそのときは礼を言うのだが、二人はまた主人公を騙す。
そしてまたドジを踏んで、サボテンにされてしまったりする。
主人公は念願の地球に帰ることと、彼らを助けることの
どちらかを選ぶ場面では、必ず彼らを助ける。


キャベツくんは「自分を食べるとキャベツになる」といってブタヤマさんを諭す。
またあるときは、橋の上でキャベツくんとブタヤマさんは他の巨大生物に食べられそうになる。
ブタヤマさんはそれらのあとにいつも反省し、キャベツくんを食べようとした自分を恥じる。
するとキャベツくんは「近くにレストランがあるから、なにかごちそうするよ」といって
自分を食べようとした相手に奢ってしまうのだ。


主人公の器が大きい、という端的な素晴しい話だと思う。
こういう話を心に貯金しておくことが、後天的に大器になるために重要だと思われる。
以上で大器になるための方法の報告を終わる。



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2009年10月27日火曜日
ジョンフランケンハイマーさん




ジョンフランケンハイマーという監督がいて、その人の名前は「RONIN」という作品で知った。
「RONIN」は凄腕の殺し屋たちが集まって、銀のアタッシュケースを奪い合うという話で、ロバート・デニーロとジャン・レノが出ていたことと、カーチェイスがすさまじいことで、比較的有名。


当時19歳だったおれは、アルバイトとデッサンとシケモクと辻潤と80年代ハードコアパンクという極めてデカダンスな日々を送っており、今こうして書き出してみてわかったことだが、シケモクを除くこの時期の全てが自分の根底思想を形作っていて、バイト先のビデオ屋で誰も借りないような映画を淡々と借りるおれの姿に、バイトの同僚もはじめはかなり引いていた。
バイトの店長は映画監督を目指す、ツーブロックの几帳面でソリッドな映画人で、「フィツカラルド」や「カリガリ博士」を毎夜借りて帰るおれをとても気に入ってくれた。
「まついくん。これ名作」といって渡された「ミッドナイトエクスプレス」という映画があまりにもハードでホープレスな実録ものだったため、店長の「名作」にはかなり慎重だったのだが、かといって断る理由もなく、時間も無限にあったので、このときも「まついくん。これ、最高」といって渡された「RONIN」を観た。2階の屋根の鋼板にぶつかる雨音の中で。
ハードだった。ガチガチに男くさい映画だった。しかしハードさはいいとして、「RONIN」はなぜか心が受付けなかった。派手なだけでない骨太ないいシーンがあるのは解ったが、どうもしらけてしまう。店長には「会議中にテーブルから落ちていくコップを上からキャッチするところで、キャラの凄さを見せるあたりが燃えました」とディティールに逃げた。


昨日西武新宿線中井駅のホームでipodの町山智浩の映画評を聞いていたら、ジョンフランケンハイマーの話が出てきた。町山さんによると、フランケンハイマーは銃好き、カーレース好き、女好きで、どこに子供がいてもおかしくないほどの無茶苦茶な奴であり、カーチェイスを許可なしにいきなり市街地でやった「フレンチコネクション2」は、フランスまで悪人を追いかけていって、そいつを殺した瞬間映画が終わるというタフすぎる映画だ。ちなみに「パールハーバー」「トランスフォーマー」というどうしようもない映画の監督であるマイケルベイは、母から「あなたの父はジョンフランケンハイマーよ」といって育てられた。彼は未だ見ぬ父に憧れて映画監督になったのである。そしてフランケンハイマーに初めて会い「ぼくはあなたの息子です」と言ったところ「てめえなんか知るか」と言われ、かなしい思いをしていて同情しそうになるが、マイケルベイの撮る映画がどうしようもないのは客観的事実であり、つまり人間は悲しい思いをしていても作品があまりに駄目だったらまあどちらかというと駄目ということになるんだな、と思っていると、次第に「もしかしたらRONINは面白かったのではないか」という疑問が湧いてきて、今知ったフランケンハイマーの性格とマイケルベイのエピソードの影響がそう思わせているのだとしたら不純だろうか、などとぶつぶつ考えながら花小金井に向かった。


花小金井は台風で、元々なんの取柄もない駅前がますます退屈になっていて、この雨の中を役人に会いに行きますという自分の身の上を呪った。案の定役人はこちらを人とも思わない舐めきった態度で、よっぽど前蹴りを喰らわそうと考えたがやめ、帰り道、最悪の気分でまた各駅高田馬場行きに乗る直前に、なんとなくほんの少しだけ、フランケンハイマーのよさが解った気がしたのである。



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2009年9月12日土曜日
タフになりたいか



数週間前から、『アメリカンギャングスター』という映画を元に、
「タフガイとは何か」について実に濃厚な考察を書いていたのだが、やめたのだった。
よくあることである。とてもパンクだ。
今日は曇っている。曇っていて室内は暑い。
体が暑いと、狭い部屋に閉じ込められているような気がして、
暴れてしまいそうになるのだが、みなさんはいかがだろうか。

『アメリカンギャングスター』の主役を演じるラッセルクロウは、
気が短くてすぐに手が出る男を演じさせたら世界一で、
なぜなら彼は実生活でも短気ですぐ暴力を振るうからである。
ホテルの従業員に電話を投げたり、パブで「閉店するな」と言って喧嘩をしたりして、
いずれも逮捕されているほどだ。

また、メグライアンと不倫関係になり、元夫のデニスクエイドから
「役者としては優秀だが、人間としてはクズ」と称されている。

電話を投げたときは「奥さんに電話がつながらなくてイライラしていた」。
直情型というかなんというか、つまり馬鹿なのだが、
このイライラがスクリーン越しに伝わってくるから、おれはラッセルクロウが好きだ。
『L.A.コンフィデンシャル』でイライラして椅子の背もたれをへし折るシーンがあるが、あれは最高である。
頭にくる→我慢する→我慢の限界がくる、
という工程が一瞬にして行われることが、顔面の筋肉の動きでわかる。泣けてくる。

こういう彼の振る舞いを観ていると、安心するのである。
おれ自身は誰かに手をあげることは、まずない。
たぶん手首のほうが先に折れるし、そのあと心も折れてしまう。
身体的には全く違うが、ラッセルクロウのどうしようもなさは、おれとよく似ている。
かといって実際に会って話しても、つまらないことになることは間違いないのだが、
彼が逮捕されたと聞くたびに、ほっとする。よかった、ラッセルはラッセルなのだ。
ラッセルにはなりたくないけど、おれはラッセルに対して、限りなく遠い一方的な友情を送っている。
これからもたくさんぶん殴って下さい。お願いします。




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2009年8月28日金曜日
祖父になるかな



今週はいまのところ2回しか酒を飲んでいないので、こうして真人間になっている。
「モンスターハンターをやっていると酒を飲まなくてよくなるから経済的且つ健康的であるなあ」
とゲームの宿命であるゲームをしている罪悪感に負けないように自分を説得していると、
寝ていたはずの娘がソファの下にころころと転がってきて、満面の笑みで吐いている。
おれはモンハンをやめ娘を抱え上げて、膝の上で立たせてみる。
娘の頭は重いのでぐらぐらする。おれの目をみてキャアキャア言って喜んでいる。
寝かせると、寝返りをうってうつぶせになる。うつぶせになってこっちを見上げてまたキャアといって笑う。

あと30年生きていれば、娘が子どもを産むかもしれない。そうするとおれは念願のおじいちゃんだ。
おれはむかしからおじいちゃんになるのが夢なのだ。




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東京ビール急行