2010年8月17日火曜日
アンテナ基地

「むかしむかし、おとうちゃんのおじいちゃんの家の前に、公園がありました。公園には太い木がたくさん並んでいました。
 おとうちゃんがちょうどきみと同じ歳のころ、おとうちゃんは、おとうちゃんのおじいちゃんと遊んでいました。夏の暑い日でした。おとうちゃんのおじいちゃんは「今日は走らないでもとれる虫をとろう」といいました。その日のもっと前の日に、おとうちゃんのおじいちゃんは虫取りアミでおとうちゃんにモンシロチョウをとってくれようとして、転んで膝に大きなあざをつくったのでした。
 おとうちゃんのおじいちゃんは太い木の足元に屈みこんで、そこにある小さな穴に、短い枝をさしました。さしたあとは何もせずに、二人でじっと枝をみているだけでした。しばらくして「ここにはいないね」とおとうちゃんのおじいちゃんが言い、ちがう穴に枝をさしました。するとすぐに穴から突き出た枝がひとりでに動きだしたので、おとうちゃんはすごく驚きました。「起きた起きた」と言っておとうちゃんのおじいちゃんが枝を引っ張ると、枝にくっついて穴からセミの子どもが出てきました。「こいつは虫かごがいらないんだ」おとうちゃんのおじいちゃんはおとうちゃんの服の袖に、セミの子どもを引っ掛けました。セミはこうして袖に引っ掛かるために生まれて来たような格好でじっとしていました。
 おとうちゃんはすっかりこの遊びが気に入り、その夏は毎日公園じゅうの穴にたくさんの枝をいれてまわりました。夜になる頃には公園の穴はすべて細い枝のアンテナでふさがり、ときには木の根元に十個も二十個も穴があったので、公園は遠くの国にたくさんの電波を送る基地になったようでした。いくつかのアンテナがときどきゆれて、短いメッセージを送っていました。おとうちゃんはその夏はメッセージの意味がわかったような気がしましたが、秋になったら忘れてしまいました。おしまい」
「どうしてわすれちゃったの?どうしたら思い出せる?」
「きみが子どもを生んで、おとうちゃんがその子にモンシロチョウをとろうとして転んでから、一緒にセミをとって、その子がアンテナ基地をつくったら、夏のうちに聞こう。そうしたら必ず思い出す。」
「あたしがやる」
「そりゃ名案だ」
 次の朝われわれが公園に着くと、思ったとおり木の根元は穴だらけ。だけどその内四個の穴から四本の枝が、傾いてささっていて、まずわたしたちはその枝を抜くところから始めなくてはならないので「それだとちがくなっちゃうね」と娘が言い「そうだねえ」とわたしが言って、砂場で遊んだあと、わたしのおじいちゃんの家でアイスを食べて、クーラーのきいた部屋で昼寝をした。
 夜になって娘と一本だけ枝を持って穴のまえに座り「起きろ起きろ」と言ってセミの子どもをとった。家に帰って網戸に引っ掛けておいたセミの子どもは、翌朝早く白い羽のセミになって、ものすごい剣幕で鳴いた。きっと起こしたのが早かったので怒ったのだと思う。娘もそういっていたからそうに違いない。



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2010年1月18日月曜日
レスター・ヤング




毎年正月はマサと会うことに決めている。
 マサとは幼なじみで、ゲーセンで一緒にカツアゲされた程の睦まじい仲だ。
元旦の昼にマサの家のベランダを叩くとおばあちゃんが出て来る。雲のように真っ白の髪を乗せ、笑いながら素早くこっちにきて、新年初日の来訪だというのに、心良く引き戸を開けてくれるグランマ。
居間のコタツには、小さくなったマサの弟のリョーが寝ている。以前はハワイの力士のように肥え、空から見ると正円だったリョーも、今では三分の一にまでなった。さながら戦争に負けて領土を失った帝国のようだ。皮膚は土色の黒で、こたつから顔だけ出して、うつ伏せになっているリョーの耳の裏に、元旦の陽があたっている。
赤ら顔のマサが降りてきてリョーを指さし、「こいつのあとの三分の二は東長崎に住んでるから、みんな安心するといいよ。じゃあ行こうか」と言い、食べられるほど柔らかくなった革のブーツを履いて、庭におりた。
それから夜中まで、われわれは極力下らないこと、何の意味もないたわごと、中野から北極に向かって大砲を撃つように人の悪口を言い、多量のビールとピータンを食べ散らかす。
これが毎年慣例にそって行われる、われわれの荘厳な儀式たる正月である。

マサはだいたい二年毎に仕事を変える。露店商、キャバクラのガード、鉄板焼、ファーストキッチンの店長、肉の解体、築地の問屋など、数々の仕事に停車し定時にまた発車する。ジャズドラマー、プロレスラー、風俗王を目指していたこともあったが、この3つは給料を貰っていたわけではない。今は某ラーメン屋で働いている。

今年のマサは「ここいいよここ。10代の頃よく来たな」と言ってアメリカンバーに入った。店内にはカウボーイのポスターに紛れて、レスターヤングの写真も貼ってあった。マサは足の長い美人の店員に言ってレスターヤングをリクエストした。「レスターヤングが一番好きなんだよ」
ビールを無数に空け、CDのアルバムと同じサイズのアンチョビのピザを食べながらマサは「マシマシとかいうのはもうバカだからな。古いよ。そんなこと言っても店員は全無視。今は普通に「ヤサイニンニク」。それで、さっと食って「ごちそうさま」と言ってさっと席を立つ。男前。これ」と言い終わるとテーブルに突っ伏して寝てしまった。電気で動く鹿がスイッチを切って休んでいるようだった。おれがマサをそのままにしてビールを追加し、ピザを平らげていると、スピーカーから聞こえていたロカビリーが止んで、さっきマサがリクエストしたレスターヤングが、ロカビリーの半分以下の音量でかかった。レスターヤングはOFFになったマサの後頭部の上で一曲だけ演奏し、棚に帰っていった。すぐにまたロカビリーがかかり、バーは元通りになった。店から嫌われ、他の客にも聞こえず、マサが寝ていた今、レスターヤングは三分間、正月にも2010年にも関係ない孤高の優雅をみせた。



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東京ビール急行