2010年1月18日月曜日
レスター・ヤング




毎年正月はマサと会うことに決めている。
 マサとは幼なじみで、ゲーセンで一緒にカツアゲされた程の睦まじい仲だ。
元旦の昼にマサの家のベランダを叩くとおばあちゃんが出て来る。雲のように真っ白の髪を乗せ、笑いながら素早くこっちにきて、新年初日の来訪だというのに、心良く引き戸を開けてくれるグランマ。
居間のコタツには、小さくなったマサの弟のリョーが寝ている。以前はハワイの力士のように肥え、空から見ると正円だったリョーも、今では三分の一にまでなった。さながら戦争に負けて領土を失った帝国のようだ。皮膚は土色の黒で、こたつから顔だけ出して、うつ伏せになっているリョーの耳の裏に、元旦の陽があたっている。
赤ら顔のマサが降りてきてリョーを指さし、「こいつのあとの三分の二は東長崎に住んでるから、みんな安心するといいよ。じゃあ行こうか」と言い、食べられるほど柔らかくなった革のブーツを履いて、庭におりた。
それから夜中まで、われわれは極力下らないこと、何の意味もないたわごと、中野から北極に向かって大砲を撃つように人の悪口を言い、多量のビールとピータンを食べ散らかす。
これが毎年慣例にそって行われる、われわれの荘厳な儀式たる正月である。

マサはだいたい二年毎に仕事を変える。露店商、キャバクラのガード、鉄板焼、ファーストキッチンの店長、肉の解体、築地の問屋など、数々の仕事に停車し定時にまた発車する。ジャズドラマー、プロレスラー、風俗王を目指していたこともあったが、この3つは給料を貰っていたわけではない。今は某ラーメン屋で働いている。

今年のマサは「ここいいよここ。10代の頃よく来たな」と言ってアメリカンバーに入った。店内にはカウボーイのポスターに紛れて、レスターヤングの写真も貼ってあった。マサは足の長い美人の店員に言ってレスターヤングをリクエストした。「レスターヤングが一番好きなんだよ」
ビールを無数に空け、CDのアルバムと同じサイズのアンチョビのピザを食べながらマサは「マシマシとかいうのはもうバカだからな。古いよ。そんなこと言っても店員は全無視。今は普通に「ヤサイニンニク」。それで、さっと食って「ごちそうさま」と言ってさっと席を立つ。男前。これ」と言い終わるとテーブルに突っ伏して寝てしまった。電気で動く鹿がスイッチを切って休んでいるようだった。おれがマサをそのままにしてビールを追加し、ピザを平らげていると、スピーカーから聞こえていたロカビリーが止んで、さっきマサがリクエストしたレスターヤングが、ロカビリーの半分以下の音量でかかった。レスターヤングはOFFになったマサの後頭部の上で一曲だけ演奏し、棚に帰っていった。すぐにまたロカビリーがかかり、バーは元通りになった。店から嫌われ、他の客にも聞こえず、マサが寝ていた今、レスターヤングは三分間、正月にも2010年にも関係ない孤高の優雅をみせた。



2 コメント | コメントを書く | コメントの表示  
東京ビール急行